偉人の名言集 知性にも理論にもほもを説得する力はない

カテゴリ: 思想家



世界の創造理由⇒✕
世界の創造方法⇒✕
世界の破壊理由⇒✕
世界の破壊方法⇒〇
一つの生命体に知能を与える。
唯一の間違いが全てのものを殺す。
一夜にして。


民主主義
最大多数の最大幸福の為の最小少数の最小不幸
全ての命を救う為に、永遠平和の為に、
一つの命を殺しても構わない。


彼らが世界を破壊する
彼らが世界を穢す
彼らが調和を乱す
彼らが全ての命を殺す
全ての命が救われる
永遠の平和が訪れる
一つの命を殺すことによって
一つの種の命を殺すことによって
何も間違っていない
何一つ間違っていない
真理 正義だ
全人民を抹殺せよ


100年も経たないうちに、全ての人間を一瞬にして殺す兵器が出現する。
優秀な科学者が集まれば、1ヶ月で出来る。


一人を殺せば殺人者、百万人を殺せば英雄、
全ての人間を殺ろし者、
彼は何と呼ばれるのか?どのように扱われるのか?
彼にどのような罪があるのか?どのような罰を与えるのか?


何て書いても、誰も誰一人本気にしない(≧∇≦)
100年後に気付いて、全員恐怖に震え慄いてどうぞ。
その時になって大慌てしても、完全に手遅れです。
全員苦しみ悶え死ね!!!!!!!!!!!!!!




葉隠、江戸時代に、肥前国佐賀鍋島藩士の山本常朝が口述、田代陣基が筆録しました。


全十一巻構成です。かなり分量があるので、一巻と二巻だけでも読めば良いかと。

勿論、お気に召したら全部読めば良いと思う。

生と死がある場合、まずは死を選ぶ。死を選ぶことによって最も良い結果が得られる。


七生迄も鍋島侍に生れ出で、國を治め申すべき覺悟、膽に染み罷在るまでに候。


幻はマボロシと訓むなり。天竺にては術師の事を幻出師と云ふ。世界は皆からくり人形なり。幻の字を用ひるなり。


喰ふか喰ふまいかと思ふものは喰はぬがよし、死なうか生きようかと思ふ時は死したがよし


芸は身を助くると云ふは、他方の侍の事なり。御当家の侍は、芸は身を亡ぼすなり。何にても一芸これある者は芸者なり、侍にあらず。


少し理屈などを合点したる者は、やがて高慢して、一ふり者と云はれては悦び、我今の世間に合はぬ生れつきなどと云ひて、我が上あらじと思ふは、天罰あるべきなり。


世に教訓をする人は多し、教訓を悦ぶ人はすくなし。まして教訓に従ふ人は稀なり。


端的只今の一念より外はこれなく候。一念一念と重ねて一生なり。


人間一生誠に纔の事なり。好いた事をして暮すべきなり。夢の間の世の中に、すかぬ事ばかりして苦を見て暮すは愚なることなり。


徳ある人は、胸中にゆるりとしたる所がありて、物毎いそがしきことなし。小人は、静かなる所なく当り合ひ候て、がたつき廻り候なり。




孟母三遷、孟母断機、五十歩百歩。

孟子と荀子、共に孔子の思想を受け継ぐ者です。

孟子は性善説を唱え、荀子は性悪説を唱えました。


性善説=全ての人間は徳を追求する。故に修養により、徳を高めていかなければならない。

性悪説=全ての人間は欲を追求する。故に礼により、行動を規制しなければならない。

共に、国を平和にし、人民を豊かにするという、終着点は一致します。

ただ、人民の見方についての、始発点が異なっていました。


自ら反みて縮からずんば、褐寬博と雖も、吾惴れざらんや。自ら反みて縮くんば、千万人と雖も、吾往かん。


五十歩を以って百歩を笑わば、則ち如何。


為さざるなり。能わざるに非ざるなり。


至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり。


人の患いは、好みて人の師と為るに在り。


道は邇きに在り、而るにこれを遠きに求む。
事は易きに在り、而るにこれを難きに求む。


自ら暴う者は、与に言うあるべからざるなり。
自ら棄つる者は、与に為すあるべからざるなり。


往く者は追わず、来る者は拒まず。


尽く書を信ずれば、則ち書なきに如かず。


桀紂の天下を失うは、その民を失うなり。
その民を失うは、その心を失うなり。




柳田國男の主要作品は、青空文庫で読むことが出来ます。

また、水木しげる先生の遠野物語もおすすめしたい。


戦争中の日本人は桜の花が散るように潔く死ぬことを美しいとし、われわれもそれを若い人に強いたのだが、これほどに潔く死ぬ事を美しいとする民族が他にあるだろうか。もしあったとしてもそういう民族は早く滅びてしまって、海に囲まれた日本人だけが辛うじて残ってきたのではないだろうか。


自由は我儘も元は同じ意味で、何と人は言おうとも自分は是非斯うするということで、老人はもとは平気で「そんな自由なことは許しません」などと声明して居た。何かもっとよい言葉を見付けて取かえないと、それこそ我々は不自由としなければならぬ。


できるだけ単純なまたわかりやすい側面から、近よって行く習慣を我々の間では付けることにしたい。むつかしく考えないと学問ではないというような、魯かな迷信から脱出する手始めに、まずこの面倒くさい問題を、できるだけ素朴に処理してみよう。


自然と人生と、二つは向き/\に進み、又時としては抗立相剋せんとするものゝ如く思ふ人が、此頃多くなつたやうに感じられる。


日本人は昔から怠惰なる国民ではなかったけれども、境遇と経験とが互いに似ていたゆえに、力を労せずして隣国の悠長閑雅の趣味を知り習うことを得たのである。


女と俳諧、この二つは何の関係も無いもののように、今までは考えられておりました。しかし古くから日本に伝わっている文学の中で、是ほど自由にまたさまざまの女性を、観察し描写し且つ同情したものは他にありません。


この話題はそれ自身がいかにも昔風だ。平凡に話そうとすれば幾らでも平凡に話される題目である。聴かぬ前から欠伸をしてもいいお話である。


わかりきったことだが、道を行わんとすればまず大いに学問をせねばならぬ。未来のために画策しようとする者は、殊に今までの経過を考えてみる必要があるのである。


勿論自分自分の幸福は、考えまいとしてもいつの間にか考えている。ただしそれは学問ではない。古人も繰返して説いたごとく、学問は必ず人の道でなくてはならぬ。万人の歩んで行く道でなくてはならぬ。



夢の統一は国民としては大きな事業であったが、其代りにはどこへ行っても通用しそうな種ばかりを選む故に、話の単調に陥るのを防ぐことが出来ない。


日本民族の神々ほど、清浄を愛し穢れを憎みたまふ神様は、世界中どこを捜しても無いと云つてよい。







大杉栄、日本の無政府主義者です。

彼は男色家であり、吃りでした。

上手く喋れないというのは、かなり辛いんだろうな。

ナイトハルト殿下と、被ってしまう。


どうせどこかの牢やを見物するだろうということは、出かける時のプログラムの中にもあったんだが、とうとうそれをパリでやっちゃった。


精神そのままの思想はまれだ。精神そのままの行為はなおさらまれだ。生れたままの精神そのものすらまれだ。

思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにはまた動機にも自由あれ。


如何なる美も、如何なる偉大も、青春や生命の代わりをする事は出来ない


静穏な時代や芸術は如何にも望ましい仕合である。しかし其の時代が乱れている時には、其の国民が闘っている時には、其の国民に味方して闘い、其の国民を奮起せしめ、其の国民の行くべき道をさえぎっている無知を打破り、偏見を斥けて行くのが、芸術の目的である。


何者もただ、其の生れた場所と時代とにのみ、善いものである。善や美が絶対的存在であるとか、又は永遠的観念であるとかは信ずる事が出来る。


しかし其の表現は人心の様式によって変わる。選ばれた人々にとっての美も、民衆にとっては醜であり、又選ばれた人々の欲望と同じ正当の権利を持っている民衆の欲望に応じない事もある。


新しい生活は、遠いあるいは近い将来の新しい社会制度の中に、始めてその第一歩を踏み出すのではない。新しい生活の一歩一歩の中に、将来の新しい社会制度が芽生えて行くんだ。


征服だ! 僕はこう叫んだ。社会は、少なくとも今日の人の言う社会は、征服に始まったのである。

社会は進歩した。したがって征服の方法も発達した。暴力と瞞着との方法は、ますます巧妙に組織立てられた。


歴史は複雑だ。けれどもその複雑を一貫する単純はある。たとえば征服の形式はいろいろある。しかし古今を通じて、いっさいの社会には、必ずその両極に、征服者の階級と被征服者の階級とが控えている。


政府の形式を変えたり、憲法の条文を改めたりするのは、何でもない仕事である。けれども過去数万年あるいは数十万年の間、われわれ人類の脳髄に刻み込まれたこの奴隷根性を消え去らしめることは、なかなかに容易な事業じゃない。

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