大杉栄、日本の無政府主義者です。

彼は男色家であり、吃りでした。

上手く喋れないというのは、かなり辛いんだろうな。

ナイトハルト殿下と、被ってしまう。


どうせどこかの牢やを見物するだろうということは、出かける時のプログラムの中にもあったんだが、とうとうそれをパリでやっちゃった。


精神そのままの思想はまれだ。精神そのままの行為はなおさらまれだ。生れたままの精神そのものすらまれだ。

思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにはまた動機にも自由あれ。


如何なる美も、如何なる偉大も、青春や生命の代わりをする事は出来ない


静穏な時代や芸術は如何にも望ましい仕合である。しかし其の時代が乱れている時には、其の国民が闘っている時には、其の国民に味方して闘い、其の国民を奮起せしめ、其の国民の行くべき道をさえぎっている無知を打破り、偏見を斥けて行くのが、芸術の目的である。


何者もただ、其の生れた場所と時代とにのみ、善いものである。善や美が絶対的存在であるとか、又は永遠的観念であるとかは信ずる事が出来る。


しかし其の表現は人心の様式によって変わる。選ばれた人々にとっての美も、民衆にとっては醜であり、又選ばれた人々の欲望と同じ正当の権利を持っている民衆の欲望に応じない事もある。


新しい生活は、遠いあるいは近い将来の新しい社会制度の中に、始めてその第一歩を踏み出すのではない。新しい生活の一歩一歩の中に、将来の新しい社会制度が芽生えて行くんだ。


征服だ! 僕はこう叫んだ。社会は、少なくとも今日の人の言う社会は、征服に始まったのである。

社会は進歩した。したがって征服の方法も発達した。暴力と瞞着との方法は、ますます巧妙に組織立てられた。


歴史は複雑だ。けれどもその複雑を一貫する単純はある。たとえば征服の形式はいろいろある。しかし古今を通じて、いっさいの社会には、必ずその両極に、征服者の階級と被征服者の階級とが控えている。


政府の形式を変えたり、憲法の条文を改めたりするのは、何でもない仕事である。けれども過去数万年あるいは数十万年の間、われわれ人類の脳髄に刻み込まれたこの奴隷根性を消え去らしめることは、なかなかに容易な事業じゃない。