偉人の名言集 知性にも理論にもほもを説得する力はない




征服されたギリシア人は、猛きローマを征服した

彼は嘗て望みたるものを早くも捨て、
今捨てたるばかりのものを再び欲す。
彼は常に動揺し、その人生は絶えざる矛盾。

過ちを恐れすぎてかえって罪を犯すことあり

海を統べ四季をととのえるものは何か。
星の運行は自力によるにや他力によるにや。
何故に月の輪はみつればやがて欠くるにや。
いかにして宇宙の調和は万物の不和より生ずるにや。

汝らは死の前日に、
石を刻み家を建てしむ。
しかも己れの墓石のことを思うことなし。

刃むかう敵には強くあれ。
恐れる敵には優しくあれ。

物事を従えよ。物事に従うことなかれ。

もし祭壇に触るる手さえ清ければ、
高価なる犠牲をささげずとも、
ただ麦と塩とを供えるのみにて、
怒れる氏神をもなだめうべし。

もしも君、よき胃と肺と脚とをもちたまわば、
王の富も、おん身の幸福に、何一つ付け加えざるべし。

何物も彼の堅き心をゆるがさざりき。
暴君のいかれる眼も、
アドリアの海をゆるがす雨かぜも、
雷火を投ぐるユピテルの腕も。

徳を愛すること余りに度を越ゆる時は、
賢者も奇人と言われ正しき者も不正の者とならん。

毎日はいつも汝がための最後の日なりと考えよ。
さすれば思わぬ今日を儲け得て喜ぶことをえん。

我らはみな同じ方向に押し流さる。
早かれ晩かれ、うちゆるる運命の壺の中より、
我らの札こぼれ落つるや、
われらはみなカロンの舟にのせられて、
永遠の死へと運ばれゆくなり。






私は『悪霊』の中で、この上なく純潔な心を持つ人間でさえ、身の毛のよだつような悪事へと巻き込まれていく、その多様をきわめた動機を描こうとしたのである。

フョードル・ドストエフスキーの『悪霊』は、非常に難解かつ複雑でして、

無神論、無政府主義、虚無主義、社会主義などのテーマを含んでいます。


要約すると、ショタコンは良くてもロリコンは駄目!!

1869年、ロシアでネチャーエフ事件が起こりました。

セルゲイ・ネチャーエフが、「世界革命同盟」という架空の団体のロシア代表部代表を名乗り、

「人民の裁き」という秘密結社を組織します。


その組織内部での思想権力闘争、ペトロフスキーという学生を、スパイ容疑により殺害する。


この事件に触発され、この事件をモデルに、ドストエフスキーは『悪霊』を執筆します。


アレクセイ・ニーロイチ・キリーロフ、彼は神を超える為、神を殺す為、自殺を選びます。

組織の全ての罪を背負い、自殺します。

本当に自殺することで、神を超え、神を殺すことになるのか?

そこまでして、神を超え、神を殺してどうするのか?


いやそもそも、本当に神は存在するのか?


神が存在すると仮定して、世界の全ては神が創造したと考えて、

人間のみ悪魔が創造したならどうするのか?


劇に於いて、よく言われていることですが、主役よりも悪役のほうが難しい。

ニコライ・フセヴォロドヴィチ・スタヴローギン、美形で賢明で、非常に魅力的な悪役です。

どのようにして、このような人物を書くことができたのか?


彼は少年を凌辱します。このショタコン野郎が!!

少年は自殺する。自殺する場面を覗き見る。


人間の屑がこの野郎・・・どっちが屑なんですかね?

我々が、楽しく、屋上で後輩と日焼けしている時でさえ、

この世界には凌辱され、自殺する人間がいる。


我々は気づきもせず、そして何もしない。



自分自身が幸福になる。簡単でしょう。

家族全員が幸福になる。まあ、難しくないでしょう。


世界の全ての人間が幸福になる。何言ってんだこいつ?


フョードル・ドストエフスキーは、全ての人間が幸福にならないと、耐えられない人間でした。

全ての人間を幸福にしようとして、全ての人間を降伏にする。あーもうめちゃくちゃだよ。

少年を凌辱する場面は内容がそぐわないとされ、連載されることはありませんでした。

単行本化される際も、この部分は削除されたままでした。


約五十年後、この原稿が見つかり、追加され、出版されることとなります。


現実にドストエフスキーも、少年を凌辱したと言われています。

ヴィスコヴァトフに、俺は風呂場で少年を無茶苦茶にしてやったぜ、

と愉快に笑いながら自慢げに語りました。



まぁ、嘘だと思います。イキりたかったんでしょうね。


彼には、そんなことを出来る、度胸も勇気もありません。


やれるとすれば、ソフトSMぐらいです。


もちろん終わった後は、大丈夫?痛くなかった?オロナイン塗ろっか、と言ったことでしょう。




ニコライ・ゴーゴリ、外套で知られるウクライナ生まれのロシアの作家です。


我々は皆、ゴーゴリの外套から生まれた

これはフョードル・ドストエフスキーの言葉と考えられてきましたが、

実際には、違うらしい。まあ、誤差だよ誤差。


芥川龍之介の芋粥は、前半はゴーゴリの外套に良く似ています。

こいつ芋粥をぱくったな!(逆ゥー!)お芋は美味しいからね。

じゃがバターを食べたくなってきたので、訴訟する。


『検察官』も、非常に面白いので、おすすめするのね。

『文豪ストレイドッグス』では、ピエロのようなキャラクターで登場しています。

「僕は完全に正気だ 殺人の邪悪を理解し 人並の罪悪感も感じている」


けふは大變お目出たい日だ! 西班牙の王樣がゐたのだ。見つかつたんだ。その王樣といふのは――おれなんだ。それもけふ初めて氣がついたといふ譯さ。實際、まるで稻妻のやうに突然それに氣がついたのだ。

誰が何と言おうとも、こうした出来事は世の中にあり得るのだ――稀にではあるが、あることはあり得るのである。

The more destruction there is everywhere, the more it shows the activity of town authorities.

What are you laughing at? You are laughing at yourselves!


誰からも庇護を受けず、誰からも尊重されず、誰にも興味を持たれない

二羽の小鳩は御身に示さん、
わが冷たき屍灰をば。
懶げにククと鳴きつつ御身に告げん、
彼女は涙のうちにみまかれりと。




婦人運動者にお勧めする。大抵の事は辛抱するが、何うか善い事をする時に、泣き顔だけは見せないやうに願ひたい。

一体芸術家といふものは、美しい山と美しい女とがあるとさへ言つたら、監獄のなかへでものこ/\蹤いて来るものなので、この二人の画家がそれがために伯耆くんだりまで往つたところで、少しも咎める事はない。

女は手紙の文句が長くさへあれば、相手の男を親切者だと思ひとつてしまふ。

「哲学」はこの世で出世をした輩は皆馬鹿者だといふ事を教へてくれる。

音楽は最高の芸術であるが、その音楽の批評家となるには、二つの資格が要る。一つには音楽が解つてはならない事、二つには解らない癖にお喋舌をしたい事、この二つをさへ兼ねる事が出来たなら立派な音楽批評家となり得る。

文章を書くものにとつて、句読点ほど疎かに出来ないものはない。

手品といふものは、余り沢山見ると下らなくなるが、一つ二つ見るのは面白いものだ。

人間は時々自分をナポレオンやソクラテスに比べるやうに、お菓子や眼薬の壜にも比べてみる必要がある。

すべて天才の事業を認めて心よりそれを崇拝するものは男よりも女に多いものだ。こんな時に、男はどうかすると、嫉妬に駆られて、けちを附けたがるものだが、女は割合に素直な心を持つてゐる。

女といふものは、男の悲しみは半分別けて呉れる、喜びは倍にして呉れる、そしておまけに費用は三倍にして呉れる――といふ程、男にとつて無くてならないものである。もしか世界に女が一人も居ないといふ事になると、それは男にとつて神様が一人も居ないといふ以上に大事件でなくてはならない。


薄田泣菫?誰それ?

と大多数の方は思われるかと。私も誰それでした。

たまたま決闘を調べていた時に知った。


日本の詩人であり随筆家です。


彼の代表作『茶話』は、お茶を飲みながら世間話をするという作品です。


非常に分量があるのですが、平易な文章で読みやすく、教養の幅が広く深い。


青空文庫で読めますので、是非読んで頂けたら。


決闘と言うと、皆さん何を思い浮かべるんですかね。

遊戯王?ライブ・ア・ライブ?荒野の決闘?

ガロア?プーシキン?ラッサ―ル?

私は、カラマーゾフの兄弟の第六部を思い浮かべる。






人間は何ひとつ創り出そうとせずに、天から与えられたものを毀してばっかりいる

長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。

私達の仕事で大事なものは、私が空想していた名声とか光栄とかではなくて、実は忍耐力だということがわかったの、得心が行ったの。自らの十字架を負うすべを知りただ信ぜよ、だわ。私は信じているからそう辛いこともないし、自分の使命を思うと人生も怖くないわ。

いやいや彼女の欲しいのは、同じ愛といっても自分の全身全霊を、魂のありったけ理性のありったけを、ぎゅっと引っつかんでくれるような愛、自分に思想を、生活の方向を与えてくれるような愛、自分の老い衰えてゆく血潮を温めてくれるような愛なのだ。

そして二人とも、旅の終りまではまだまだはるかに遠いこと、いちばん複雑な困難な途がまだやっと始まったばかりなことを、はっきりと覚るのだった。

意味ですって・・・いま雪が降っている、それに何の意味があります?

あんたは芝居なんか見ないで、せいぜい自分を眺めたほうがよくってよ。

人類は、この地上で達しうる限りの、最高の真実、最高の幸福を目指して進んでいる

こんな些細なことが、なぜもっと早くわからなかったんだろう? みどり色の光の輪も、もの影も、いやコオロギまでが、けらけら笑って、呆れているみたいだ。

あらゆる人道的な学問のなかでもっとも堅固で生命のあるのは、いうまでもなくキリストの教えだ。だが見給え、それですらいかに解釈がまちまちであることか。ある連中はすべて隣人を愛せよと教える。しかも兵隊と犯罪者と狂人は例外とする。すなわち第一の者は戦争で殺してもいいとし、第二の者は隔離し或いは死刑にしていいとし、第三の者には結婚を禁ずる。

人類文化は生存競争や自然淘汰の勢を殺いだし、また現にそれを零に近づけようとしている。そこで弱者の急激な増加となり、彼らが強者を圧倒することにもなるんだ。

真理は彼に不要だった、求めもしなかった。彼の良心は悪徳と嘘とに呪縛されて、眠り込んでいた。でなければ黙っていた。彼は他国者のように、また別の遊星から傭われて来た人のように、人類の共同生活に参加しなかった。

……真実を求めて人は、二歩前へ出ては一歩さがる。悩みや過失や生の倦怠が、彼らをうしろへ投げもどす。が真実への熱望と不撓の意志とが、前へ前へと駆り立てる。そして誰が知ろう、おそらく彼らはまことの真実に泳ぎつくかもしれないのだ……

このページのトップヘ