偉人の名言集 知性にも理論にもほもを説得する力はない

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恋は さめたし

この世は
夢か

恋も 捨てたし
この身も
夢か

なぜに かなしい
この世の
夢よ


十五の春は
昨日の夢

もう十六の
春が来た

十六の 春も
昨日の夢とすぎ

また十七の
春が来る


一丁目の子供
駈け駈け 帰れ

二丁目の子供
泣き泣き 逃げた

四丁目の犬は
足長犬だ

三丁目の角に
こつち向いてゐたぞ


童謡は童心性を基調として、真、善、美の上に立つてゐる芸術であります。

 童謡の本質は知識の芸術ではありません、童謡が直に児童と握手の出来るのも知識の芸術でないからであります。

 童謡が児童の生活に一致し、真、善、美の上に立つて情操陶冶の教育と一致するのも超知識的であるからであります。


ころの涸渇は民謡によつて救はれ、民衆の感情も民謡によつて救はれるのである。民謡は社会教化の上にも、強い力をもつてゐたのであつた。

 民謡は限られた階級文芸ではない。土の上の詩人によつて発見される民衆の詩である。


このことを石川が地下で聞いたならば苦笑をもらすか、微笑をもらすか、石川のことであるから多分苦笑をもらし乍ら煙草を輪に吹いてだまつてゐるだらうとそれが私の目に見ゆるやうに感じられてくる。


兎はお山で
遊びます

お月さんお空で
見てゐます

兎とお月さんは
昔から

誰でも知つてる
お仲よし


洪水の跡に
コスモス咲き

赤い蜻蛉が
とまつてゐる

赤い蜻蛉よ
旅人は
どこまで行つた


潮がれ浜で聞く唄は
みんな悲しい
唄ばかり

沙の数ほどかぞへても
別れた人は
帰らない

涙ぐましくなつて来て
泣かずに 泣かずに
ゐられよか




近松は女に持てた男、西鶴は持てなかつた男

田山花袋の言葉

井原西鶴の本を久しぶりに読み直したけど、やっぱり凄いのね。

人間の喜怒哀楽を、笑いと涙を混ぜて描き斬る。


譬へば腎虚してそこの土となるべき事。たまたま。一代男に生まれての。それこそ願いの道なれと。神無月の末に。行方知れず成にけり。


よしよし、これも懺悔に身の曇り晴れて、心の月の清く、春の夜の慰み人、我は、一代女なれば、何をか隠して益なしと、胸の蓮華開けて萎むまでの身の事、たとへ、流れを立てたればとて、心は濁りぬべきや。


人間長く見れば朝を知らず、短く思へば夕べに驚く。されば、天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客、浮世は夢幻といふ。時の間の煙、死すれば何ぞ、金銀、瓦石には劣れり。黄泉の用には立ち難し。


それ人間の一心、万人ともに替われる事なし。長剣させば武士、烏帽子をかづけば神主、黒衣を着すれば出家、鍬を握れば百姓、手斧つかひて職人、十露盤をきて商人をあらはせり。其家業、面々一大事をしるべし。


人の分限になる事、仕合せといふは言葉、まことは面々の智恵才覚を以てかせぎ出し、其家栄ゆる事ぞかし。


今の世に落とする人はなし。それぞれに命とおもふて、大事に懸る事ぞかし。いかないかな、万日廻向の果てたる場にも、天満祭りの明る日も、銭が壱文落ちてなし。


大かたの買物は当座ばらひにして、物まへの取りやりもやかましき事なし。正月の近づくころも、酒常住のたのしみ、この津は身過ぎの心やすき所なり。


仏のおむかひ船が来たらば、それにのるまいといふ事はいはれまじ。おろかなる人ごゝろ、ふびんやな、あさましやな。さりながら、ただ三人にきかせまして、さんだんするも益なし。

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内村鑑三に教えを受けた者として有島武郎が有名ですが、

正宗白鳥もやね。

文豪とアルケミストでは、寺島拓篤さんが演じておられます。


和歌にも俳句にも、物語にも絵画にも音曲にも、古代から今日まで、桜は讚美の限りを尽されてゐる。新たな讚美の言葉なんか残されてゐさうでない。鯛は魚の王、桜は花の王、獅子は百獣の王、人間は万物の霊長。


暦の上で何度新しき年を迎へても、心が新たになるのではない。私は、二十代の昔も七十代の今日も、根底においては、自分の考へ方は同じやうに思はれる。經驗を積み知識も豐かになつたにしても、すべて皮相な經驗、皮相な知識の積み重ねであつたのに過ぎないやうに思はれる。そして、大抵の人間が究極の所、さうではないかと私に思はれてゐる。


日本人が歐洲各國の言語を學ばんとしても不可能であり、一生言葉ばかり學んでゐるのも、言語學者以外には、愚かなことであるが、少なくも一つぐらゐの外國語は、今日の時世では、學んで置くべきだと私は確信してゐる。一つの外國語を學ぶのは一つの新しい世界を發見したことになるのである。實際に役に立つばかりでなく、一生の間計り知れない樂みが得られるのだ。


私の癖になっている年々の法隆寺行は、無意味であるが、人間が無意味なことを行うところに意味がある。

宗教心からの法隆寺行、食慾からの松阪行。意味深遠らしくて、顧みると実は何でもないのだ。


こんな文句を書いてやつたくらゐで、人間一人を慰められるのなら、雜作もないことだが、おれには親兄弟に對してこの雜作もないことさへ出來ないよ。


私は、若かった昔から、一度もこういう言葉を口にしたことはなかった。また、自分の知っている現実の誰れ彼れが、こういう言葉を口にするのを聞いて美しく快く感じたことも一度もなかった。


私は發表する當てのないのに物を書いたことはない。また材料を得るために旅行をしたり讀書したりしたことはない。雜誌などに頼まれて何か書かうとして机に向つて筆を採つてから、さて材料はどれにしようかと考へるのである。


チエホフなら、あゝいふちよつとした事でも、面白い小品に纏めるのだらうなと、汚れた天井を仰ぎながら、私は旅中のある光景を思ひ出した。


素材は多い。しかし、それを藝術品に仕上げるのは六ヶしい。


……爾來五十年、人生のこと、右を見ても左を見ても、怪奇と思つて見れば、さう思はれるものばかりだ。


私には望みも樂みもないけれど、お前達に介抱されて死ねれば、極樂へ行つたも同樣に結構なことだと思つてる。


おれのためには幸福な日かも知れないが、この女のためには不幸な日かも知れない。


わしは旅行しようとも学問しようとも思わんが、自分の計画を一度は成功しても失敗しても実地にやってみにゃ寝覚めが悪い。この歳までたった一度も自分量見でやったことはないんじゃから

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あたらしく すべては 生れた!
霧がこぼれて かわいて行くとき
小鳥が 蝶が 昼に高く舞ひあがる

#優しき歌 #立原道造

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夢みたものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

#優しき歌 #立原道造

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真冬の雨の夜は うたつてゐる
待つてゐた時とかはらぬ調子で
しかし帰りはしないその調子で
とほく とほい 知らない場所で

#暁と夕の詩 #立原道造

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ふみくだかれてもあれ 己のやさしかつた望み
己はただ眠るであらう 眠りのなかに
遺された一つの憧憬に溶けいるために

#暁と夕の詩 #立原道造

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夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

#萱草に寄す #立原道造

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夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

#萱草に寄す #立原道造

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或る夜、月が寢床の近くにまでさしてゐた。空がかがやき、雲がながれてゐた。僕は、寢床の上に坐つて默つてゐた。夜を奪つたのは、果して誰だつたらうかと考へてゐた。

#夜に就て #立原道造

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僕にはどうしてもわからない
どうしてあんなにいそぐのか
そして或る時はしづかなのか
風のことが

#夜に就て #立原道造

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焼跡のイエス・善財 (講談社文芸文庫) [ 石川 淳 ]
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石川淳?誰?能登半島に遊びに行きたい。

妻と子供を放ったらかして、借金して遊びまくる人間の屑でもないよ。(石川啄木)

もてもてのゴルファーでもないよ。(石川遼さん)

東京ヤクルトスワローズのカツオさんでもないよ。(石川雅規さん)

福岡ソフトバンクホークスのももクロ好きでもないよ。(石川柊太さん)

ちなみに、私はアイドルは全く分からない、目の前に有名なアイドルがいても、誰になりそう。

石川淳、日本の作家です。

無頼派四天王の一人。(坂口安吾、太宰治、織田作之助、石川淳)

フランスの作家のアナトール・フランス、アンドレ・ジッドに影響を受け、彼らの作品を翻訳しています。

上田秋成の『雨月物語』も翻訳しています。

森鴎外、渡辺崋山の研究もなさっています。

なお、無頼派四天王というのは、私が勝手に名付けただけなので、学校や会社で得意気に語って、嘲笑されてどうぞ。

くっくっく・・・奴は四天王の中でも最弱。

この方を既にご存知の方は、何処から入ったんだろう?

学校の教科書には、載ってないし。

森鴎外からかな?渡辺崋山からかな?

私は、イエスの勉強をしていて知った。


この敍述を書くぐらゐが精いつぱいのところなのかと冷笑するひとがゐるとしたらば、わたしはかう答へやう。わたしが何を書くにしてもまづこれを書いておかなければならなかつたので、樽の中の酒を酌み出すためには栓を拔くことからはじめるやうなものだと。


一言でいへばわたしはどこを叩いても決して反響を發しない空洞のごとくなるためにわが身に於て一切の詠歎を禁遏しやうと努め、かうしてやがては消えうせるための鍛練にかかつた。


おどろくひまさへなくわたしの腕の中に抱き緊められてしまつた。そのときのミサはちよつと瞼をそよがせたやうに見えたが、それはわたしのふれえたかぎりでは諦めとか愁ひとかいふ身内の感情をあらはしたものではなく、ただ澄みわたつた秋の大氣の中にゐて微風が眼に沁みたかのごとくであつた。


缺陥。缺陥があればどうしたといふんだ。ひとはそこから花を咲かせるほか缺陥を處理するすべはないんだ。


市場のものどもはいつたいにあまりおしやべりをしないやうだが、少年はとくに一言も口をきかなかつた。按ずるに、行爲がことばだといふわけだらう。


堪へるべき悲しみの量は際限なく流れつづける河と見え、また犯すべき罪の目方は際限なく伸びつづける鎖と見え、罪は手にふれうる悲しみと思はれた。


燃える落日のもとに、地はひろびろと暢びて、水きよく森靑く、田畑はみのり秋のけしきゆたかに、花あり、果實あり、ここに馬を飼ひ、そこに牛をはなち、木がくれに見える藁屋の、屋づくりこそ鄙びてゐたが、夕餉のけむりあたたかく立ちのぼり、鶏犬の聲もまぢかにきこえるかとおもはれた。


燃える落日のもとに、地はひろびろと暢びて、水きよく森靑く、田畑はみのり秋のけしきゆたかに、花あり、果實あり、ここに馬を飼ひ、そこに牛をはなち、木がくれに見える藁屋の、屋づくりこそ鄙びてゐたが、夕餉のけむりあたたかく立ちのぼり、鶏犬の聲もまぢかにきこえるかとおもはれた。


そもそも、おれにはどれほどの力があるのか。おれは一生に一度おれの力のかぎりをおれの目でたしかめたいとおもふ。


崋山の背中にはいつか金色の羽根が生えて來た。力を盡し、努力をつづけ、到りえた藝術に於て、人間の充實しきつた生活があつた。心理から離れて、肉體と精神と合體した瞬間である。


からだには眼に見えない繩目が懸つた。事件もおこらず、法も運用されないうちに「罪人」だけはちやんときめられてゐた。

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